ボフィールのアブラクサス

この原稿は東京大学の清家剛先生に依るPCSA広報誌(2005年29号)にご執筆頂いた原稿を当時のまま掲載しております。所属・肩書き等も当時のままです。

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻 助教授・博士(工学)

清家 剛

みなさん「未来世紀ブラジル」という映画をご存じだろうか。これは1986年に公開されたテリー・ギリアム監督の近未来を描いた作品である。時代は20世紀、徹底した管理社会が実現しており、全ての人間はコンピュータ上で管理された状態にあるという設定。情報省のあるミスから無実のバトルという人物が、タトルと間違われて逮捕されるところから話が始まる。主人公のサムはそれをきっかけに、事件に巻き込まれていく。この映画を見たときに、ジョージ・オーエルの「1984」という小説のストーリーや設定と似ていると感じたが、何よりその表現が興味深かった。現実としての近未来ではコンピュータでデータが管理されているのに、タイプライターが使われ、あらゆる場面で紙の書類が重要視されている。夢の中では日本の鎧甲をかぶった大男に襲われるなど、その描写、表現のディテールが大変おもしろいものであった。

さて、この近未来世界の設定に登場するのが、リカルド・ボフィールのアブラクサスという集合住宅なのである。ボフィールは、フランスにおけるいくつかの集合住宅でプレキャストコンクリートを石のような表現に用いた素晴らしい作品を多数つくった建築家であり、これはその代表作である。

アブラクサスは、1985年に低所得者層向けに造られたものだが、プレキャストコンクリートにカラフルな色が使われ、石像の宮殿のような表現と大型ブロック造のような力強さで有名になった建築である。この建物が、近未来の現実社会の主人公の住まい、間違われて殺されたバトルの住まい、また夢の中の葬祭場として、使われているのである。つまり、現実の建物であるにもかかわらず、そのまま近未来のロケ地として使われているのだ。

現在はCG全盛の時代であり、特撮による未来社会の表現の迫力にはすばらしいものが多く、この映画の表現は時代遅れの陳腐なところはあると思うが、その描き出そうとする近未来世界のデザインが非常に優れているので、今見ても十分面白い。 私はいままでなぜかこの建物に行く機会に恵まれなかったのだが、2003年9月にやっと建設後18年を経た作品を訪問することができた。これまでに数多くの方がここを訪れており、パリ郊外の東向きに高速鉄道MRTに乗って「マル・ヌラ・バレという駅で降りて徒歩圏にある」と昔から聞かされていた私は、十分な確認もせずにパリのレ・アル駅でチケットを買って、マル・ヌラ・バレ駅に向かった。そこで、ボフィールと、もう一つ有名なプレキャストコンクリートの集合住宅のピカソアリーナを見ることができると聞いていた。[続きを読む]

 
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